周産期における感染症は多種多様で、非妊時と何ら変わることはありませんが、妊婦が感染すれば流早産、胎児死亡、胎児異常、胎児疾患、新生児疾患など母体、胎児、新生児にさまざまな影響を被ることがあります。
【感染の種類】
母体に感染している病原体が、妊娠・分娩・授乳を通じて感染することを母子感染といい、大きく分けると下記の2つに分けることができます。
・垂直感染…母体に感染している微生物が妊娠・分娩を通じて胎児または新生児に感染することで、母子感染ともいい、狭義にはは胎内感染と分娩時感染に分けることができます。
胎内感染の感染経路としては、胎盤を介して、病原体が胎児の血液内に侵入する経胎盤感染と、子宮頚部、膣に存在する病原体が羊水などを介して胎児に感染する上行感染ががあります。
分娩時感染の感染経路には、分娩時の子宮収縮により母体血から病原体が胎児血内に移行する経胎盤感染と産道内に存在する病原体や母体血中の病原体が胎児に感染する産道感染があります。
・水平感染…垂直感染に対して不特定対数伝播する一般的な感染は同世代間で横に広がるという意味で水平感染と呼ばれていますl。
水平感染には授乳時感染があり、感染経路は授乳により母乳内、母体血中の病原体が胎児に感染する母乳感染があります。
【病原体の感染様式】
病原体 | 胎内感染 | 分娩時感染 | 授乳時感染 | |
ウイルス | 風疹ウイルス | 主な感染様式 | ほとんどない | ほとんどない |
サイトメガロウイルス | みられる | 主な感染様式 | 主な感染様式 | |
ヒトパルボウイルスB19 | みられる | ほとんどない | ほとんどない | |
水痘・帯状疱疹ウイルス | ときどきみられる | 主な感染様式 | ほとんどない | |
単純ヘルペスウイルス | ときどきみられる | 主な感染様式 | ほとんどない | |
B型肝炎ウイルス | ときどきみられる | 主な感染様式 | ほとんどない | |
C型肝炎ウイルス | ほとんどない | ときどきみられる | ほとんどない | |
ヒト免疫不全ウイルス | ときどきみられる | 主な感染様式 | みられる | |
成人T細胞白血病ウイルス1型 | ときどきみられる | ときどきみられる | 主な感染様式 | |
細菌 | 梅毒トレポネーマ | 主な感染様式 | 主な感染様式 | ほとんどない |
淋菌 | ほとんどない | 主な感染様式 | ほとんどない | |
B群溶連球菌(GBS) | ほとんどない | 主な感染様式 | ほとんどない | |
真菌 | カンジダ・アルピカンス | ほとんどない | 主な感染様式 | ほとんどない |
原虫 | トキソプラズマ | 主な感染様式 | ほとんどない | ほとんどない |
クラミジア | クラミジア・トラコマチス | ほとんどない | 主な感染様式 | ほとんどない |
【TORCH症候群】
胎内感染により胎児に重篤な症状を引き起こす感染症を総称してTORCH(トーチ)症候群といいます。
・T…トキソプラズマ
・O…梅毒、水痘、コクサッキー、B型肝炎など、その他の病原体
・R…風疹
・C…サイトメガロウイルス
・H…単純ヘルペス
【風疹】
妊娠中、 母体が風疹ウイルスに罹ると胎内感染(経胎盤感染)により胎児も風疹ウイルスに感染することがあり、感染が成立すると胎児に先天異常を生じることがあり、これを先天性風疹症候群(CRS)とよびます。
CRSの三大症状…白内障、心奇形(動脈管開存症など)、難聴。
感染と経過
・妊娠12週未満は胎児の器官形成に相当し、この時期に母体が風疹ウイルスに感染すると、80〜90%の確立で胎児に感染し、そのうちの90%以上に典型的なCRSの症状をもたらします。
・妊娠18週以降では母体が風疹ウイルスに感染しても、胎児感染率は40%程度に減少し、CRSを発症することはほとんどないといわれます。
・感染した妊婦の症状として、発熱、リンパ節腫脹、発疹などがありますが、およそ4分の1は無症状(不顕性感染)です。
・妊婦が不顕性感染でも、胎児が感染しCRS発症(顕性感染)となる可能性があります。
風疹感染・CRS発症に予防
・妊娠中、風疹ウイルスに初感染すると、胎児への感染、CRS発症を防ぐ有効な手段はなく、また感染後の治療も確立されていません。
・本症に対する有効な手段は、妊娠前に風疹抗体を価を測定し、免疫がない場合は風疹ワクチンを接種することで感染予防ができます。
【サイトメガロウイルス(CMV)感染症】
CMVの感染経路
・CMVはDNAペルペスウイルスに属し、通常乳幼児期に親の唾液などを介して感染し、多くは不顕性感染のまま症状を呈しません
・以前はわが国の成人のCMV抗体保有率は95%とされていましたが、近年は衛生意識の向上により乳幼児期の感染が減少し、CMV抗体保有率は70〜80まで減少したといわれています。
・未感染妊婦が妊娠前半期にCMVに初感染すると、胎児に巨細胞封入体症(CID)を引き起こす可能性があるため、この未感染妊婦の増加が課題視されています。
・現在、有効な予防法、治療法は得られていません。妊婦へのスクリーニング検査の意義も否定的であり、スクリーニング検査は行われていません。
・不顕性感染のうち10〜20%は、後に感音性難聴や」精神運動発達遅延などを認めることがあります。
【単純ヘルペスウイルス(HSV)感染症】
HSV感染後の感染様式と治療
・妊婦がヘルペスに感染すると、垂直感染をきたすことがります。
・このうち特に問題となるのは経膣分娩時の産道感染で、母体が初感染である場合は、子部潰瘍からのウイルス排泄量が多いため、約50%の児が新生児ヘルペスを発症します。
・新生児ヘルペスの予後は悪く、このために病変がある場合や初感染である場合は、帝王切開が行われます。
新生児ヘルペス
無治療では約80%が死亡にいたるといわれ、以下の3つに分類されます。
・表在型…症状は皮膚、口腔、眼に限局する水泡で、比較的軽症で予後は良好
・中枢神経型…症状は脳炎による中枢神経症状(痙攣、無欲状態など)で、生命予後は不良ではないが、神経学的後遺症を残す。
・全身型…症状は発熱、哺乳力の低下、敗血症様症状、DIC、多臓器不全で、生後7日目頃から症状が現れ、多くはDIC、多臓器不全によって死亡することが多い。
【B型肝炎(HB)】
HBV母子感染様式の約90%が産道感染です。
B型肝炎ウイルス(HBV)の感染と経過
・HBVキャリア・妊娠中にHBVに罹患した妊婦でHBs抗原(+)HBe抗原(−)の場合、分娩時に産道感染の起こる確率は10%、新生児が無症候性キャリアになるのはまれです。
HBVキャリア・妊娠中にHBVに罹患した妊婦でHBs抗原(+)HBe抗原(+)の場合、分娩時に産道感染の起こる確率は90%、新生児が無症候性キャリアになる確立は80%です。
B型肝炎母子感染防止
B型肝炎母子感染防止事業として、妊娠初期に全妊婦に対しスクリーニングを行って児の感染リスクを測り、リスクに応じた感染防止対策がとられます。
妊婦でHB抗原(+)HBe抗原(+)のハイリスク群では高率に感染・キャリア化するため、HB抗原(+)HBe抗原(−)のロウリスク群に比べ強力な予防策が講じられます。
【ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症】
HIV感染症の感染経路
・HIV感染経路は、レトロウイルスの一種であるヒト免疫不全ウイルス(HIV)による感染であり、産科的に問題となるのは児への垂直感染です。
・感染様式には、経胎盤感染、産道感染、母乳感染の3つがあり、このうち産道感染が最も多い。
HIVの児への感染予防
・HIVの児への感染予防を行わず分娩に臨んだ場合、児への垂直感染の確立は20〜40%ですが、治療によって、垂直感染の確立を2%以下まで低下させることができるようになった。
成人T細胞白血病(ATL)
ヒトT細胞白血病ウイルスT型(HTLV−1)の感染経路
・HTLV−1は主に授乳によって感染します。(母乳感染)
・母乳哺育を中止し、人工栄養にしることで約95%は感染を防ぐことができます。
・ATLの患者のうち九州、沖縄の患者が半数以上を占めることがわかっています。
B群連鎖球菌(GBS)感染症
GBS感染症の発症
・B群連鎖球菌(GBS)は膣の常在菌であり、全妊婦の10〜30%から検出されます。
・GBSを保有した妊婦さんから生まれた児の50%前後からGBSが分離されます。
・この児のうち大半は不顕性感染にとどまりますが、約1%はGBS感染症を発症します。
・BGS感染症の発症率は低いが、発症した場合にはその予後は不良です。
・わがくにでの発症率は欧米に比べ低いが、近年、増加傾向にあいrます。
・治療として、分娩中のペニリシン点滴が行われます。